勝川STAND

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『欲望する「ことば」』で「社会記号」とマーケティングを学ぶ

僕は広告業界のなかで、嶋浩一郎さんが好きだ。広告業界では、デザイナーが主役になることが多いなか、嶋さんは肩書きには一切こだわってはいないとは思うが、そのプロモーションにおける重要人物として挙げられることが多いマーケター。これまでの実績をいろいろなメディアで紹介されているが、どれもロジカルで、感覚的で説明ができないものは、見た記憶はない。

 

欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング (集英社新書)

欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング (集英社新書)

 

 

本書では、潜在的欲望をあぶり出し、世の中を構築し直す「社会記号」のダイナミクスについて語られている。

 

新語は日々生まれるが、定着するものとしないものがあり、その定着したもののなかに社会記号はある。社会記号とは、言葉が生まれたときには辞書には載っていないが、社会的に広く知られている言葉。例えば「女子力」「加齢臭」「美魔女」などで、最近で言えば「インスタ映え」などが該当する。社会記号が定着するプロセスの中で、新しい文化や市場までもが生まれる。社会記号は人々の生き方や社会の構造が変化していくときに、世の中の端っこに現れる予兆のようなものであり、社会記号がサーチライトとなり、それまで見えていなかったものが見えるようになる。以前「癒し」や「癒し系」という言葉が社会記号となったが、そもそも「癒し」よりも「癒す」という使われ方が一般的であったものが、求めるという、より受け身な構図がこの時代に成立したということを示しており、その時代における人々のニーズが色濃く反映される。言葉には、物事を対象化して、類型化して、匿名化する役割があり、私たちの経験を抽象化させて、解釈を方向付ける強制力がある。カテゴリーは、無数にある商品世界に秩序を与え、ラベリングすることで思考が節約され、アタマを使わずに済ますことができることも、社会記号が果たす大きな役割。

 

自社製品が、社会記号の限られた指定席に座ることができれば、社会記号と商品の結びつきが寡占化され、情報発信しなくとも、ずっと取材され続けるという大きなメリットがある。コトバにはモノを売る力があり、モノを売るにはコトバも売らなければならない。社会記号には人々の欲望の暗黙知が反映されており、隠された欲望であるインサイトを捉えることは、企画に携わる人にとって最も重要な作業である。自分の欲望に自覚的な人は多くはなく、欲望は自存するものでなく、それを満たすものが目の前に出現したときに発動するもの。人間の欲望は簡単に言語化できなく、そのくせとんでもなく都合がいい。そのため、その欲望が表現された社会記号が現れたとき、一気に市場は動く。顧客の気持ちになり、顧客に憑依して、言葉を作る。消費者ニーズがあるところに言葉を作れば、社会記号が生まれる。

 

雑誌は社会記号を生み出すことが得意なメディア。雑誌編集者の多くは、読者の潜在的な欲望を言語化して、提示することで新たなファンを獲得できることを知っている。雑誌はターゲットが絞られているが故に世界観に同意した人向けのワードを使うことができるのが大きな強み。大衆の時代から分衆の時代となり、分衆をターゲットにする雑誌が人々の新しい欲望を捉える装置として機能し、社会記号を生み出すメインプライヤーになった。

 

昨今、ビッグデータに対する期待度が高まっているが、インサイトまでは掴めないだろう。ビッグデータはあくまで、それまでの集積であり、今や未来の情報の集積ではない。データになっている時点で、既存の欲望の整理整頓をしているだけ。消費者は、言語化した欲望に応えてくれるプレイヤーには、あまり感謝しなくなり、実はコレが欲しかったというインサイトに応えてくれるプレイヤーに魅力を感じ、はるかに価値が高い。欲望は、自覚できないから言語化できないが、それでも文句を言うことはできる。日常に潜む違和感に目を向けることで、生活者のインサイトに近づくことができ、書店に入って情報のシャワーを浴びることも一つの手段。感覚を敏感にしないと、あっさり見過ごしてしまうような些細な違和感にヒントがあり、若者の欲望を体現する文化は、いつも社会の端っこから生まれる。

 

社会記号がサーチライトであるということは、新しい概念が誕生する。そして、社会記号が生まれると、これまで見えてこなかったものが見えるようになるが、何かに光を当てることで、同時に何かが影になって見えなくなる。マーケターとしては、社会記号を作り出すというレベルに達しないまでも、その社会記号の誕生によって、その背景では、何が見えなくなったのかを意識することが重要。また、「巨人の肩の上に立つ」というマインドセットを持つことで、先人の積み重ねてきた発見の上に自分はあるという謙虚な姿勢で、それらをうまく使いきることで、社会記号をよりクリティカルに捉えることができる。買うという背後には、買ってもらうためのマーケティングがあり、そのマーケティングのなかで社会記号のプレゼンスは大きいということを理解したうえで、クライアントと接していきたい。