勝川STAND

勝川STANDは、個人事業主様・フリーランス・小規模店舗経営者様に、無料ツールを使って、撮影から制作までリーズナブルにクリエイティブを提供します。

一億総中流が生んだ『バカ格差』のくだらなさを学ぶ

この時代に、日本に生きていれば、ほとんどの人が格差を感じていると思う。

 

いま一番強烈に感じる格差は労働条件について。僕から見て、圧倒的に苦しいと感じさせる仕事をよく眼にする。なんでそんなことをしてお金を稼ぐのだろうと。一昔前はそれで思考停止していたけど、あ、それ自分も自分以外の人からは同じように見られてるなと思うようになった。旧態依然とした業界に身を置き続け、もがき苦しみ、耐えている。そんなに苦しいなら、外に出ればいいじゃん。僕とは違う次元に生きるひとからすれば、他にもっと魅力的な世界があるよって思われている。でも決断しない。悪いところもあるけど、良いところもある。例えば、背伸びしなくていい環境があるということ。この思考の時点で、ゴリゴリ働くマッチョなビジネスパーソンからすると、ダサいと思われるかもしれない。でも事実として、そう思う節はあって、それは思考の格差ではなく、ライフスタイルの多様性であり、働くということに対して、それぞれが、それぞれの考えを持ち、仕事に対して求めるものも変わるということ。比べる必要もないし、否定されても関係がない。

 

バカ格差 (ワニブックスPLUS新書)

バカ格差 (ワニブックスPLUS新書)

 

 

よく昔から言われる敷かれたレールを生きるというライフスタイル。その敷かれたレールに乗ったつまらない人生すら、今の日本では難しくなっている。日本にも、様々な格差が存在する時代になった。

 

欧州では、人間は人間らしい生活を送ることに重きを置き、人が富を得るのは自分が納得した生活を送るのであって、人に自慢することではないというスタンスのひとが多い。SNSは、基本的に幸せの絶頂を切り取った瞬間なのに、嫉妬を生む装置になっている。人と比べる嫉妬心はくだらなく、生きていくなかで全く必要のないものであって、例えばタワーマンションの階数格差は、現代日本人の思考の浅さの象徴と言える。実際に東京は魅力的な街で、学べる事も数多く存在するけど、なんでも東京が素晴らしいと思い込み、東京から何かを得るのではなく、東京に住むということが目的化してしまい、家賃を始めとする物価が高い環境で、低い生活レベルに甘んじている。なんでも欧米が優れているわけでもないけど、欧米のお金持ちほど、都心部から離れ、広大な土地が残る地方へ移り住むというケースが多い。

 

何を学んだかではなく、良い学校に入ることばかりを重視する教育にも問題ある。これは学校教育だけの問題ではなく、学歴を重視した採用を続けている企業に問題がある。確かに学歴は分かりやすい尺度で、採用する側もあまり考えずに、それなりの人材を確保できるから、便利といえば便利。でも、日常的に思うし、同感してくれるひとも多いと思うけど、学歴の高さと、仕事のパフォーマンスの高さは全く比例しない。結局こういった仕組みが、同じような人間を集めることになって、個人主義ではなく、集団主義的社会を構築するひとつの原因になっている。

 

そもそも、本来であれば、どこを卒業したかではなく、何を学んで何ができるのか、それを人に伝えれるかどうかが重要。一口に、どこどこ卒と言って評価されるのではなくて、何を考えて、何を学んで、それをどのように実践してきたのか。確かに人を見るということは非常に難しいことで、採用というのは、成功以上に失敗が多くなるということも想像はできる。だからこそ、人事部の採用担当は高次元の人種で構成することが求められるはずだけど、未来のプロフィットセンターと考える人は少なく、優秀な人材を集められていないと感じる。

 

肩書きとか会社名とかで競い合って、それがその人の人生にとって何の意味があるのか。会社の役職なんて、外に出れば使い物にならない。出世は運で、多くの好き嫌いで決まるもので、世界共通で通用するスキルで成り上がる人は少ない。それがバカげたことだと悟るには、属しているコミュニティから離れることが有効。違う価値観を知るということは、人生を豊かにする。

 

教育への投資は株よりもビットコインよりも安全で確実で、服やブランドなどの身分不相応の消費財にお金を使うよりも、投資する価値のあるものにお金を使う。節約すべきとこで節約し、使うところでは思いっきり使う。格差があっても、自分自身という軸があればいい。自分が信じるもの、自分が良いと評価するもの。一億総中流が続きすぎたために、格差という事実を受け入れられていない。

 

中国は急激な成長によって格差が拡大しているけど、それを是正しようとする動きはなく、このまま行けば国として形を維持することは難しいと言われている。自由の国であるはずのアメリカも、格差が激しく、階層移動も難しい。そいうった国々に比べれば、まだ日本は格差は少ないのかもしれないけど、日本にも格差が拡がっているということを認識はしておいてほうがいい。そして、その格差の多くが、くだらない独特の文化が生んだものということも認識しておかなければならない。ほとんどがバカげた格差。本来比べる必要のないところ比べて、嫉妬や不安が生まれている。他人と比べるということが、如何にくだらないことで、時間の無駄なのかを悟って生きていくことが、欧州人のような人間らしい生活に近づいていけるんだと。 

 

バカ格差 (ワニブックスPLUS新書)

バカ格差 (ワニブックスPLUS新書)

 

 

佐渡島庸平さんに学ぶ、現代の孤独と持続可能な経済圏としてのコミュニティ

昔から、コミュニティという文脈に対しては興味を持ち続けていた。それは、地域とかそういう意味でのコミュニティであって、佐渡島さんが言われているそれとは少し意味合いが違うけど、コミュニティの重要性は、現代社会においては避けて通れるものではなくなってきている。

 

Facebookも2017年に企業ミッションをこのように変えている。

 

コミュニティづくりを応援し、人と人がより身近になる世界を実現する。

 

今回は、佐渡島庸平さんの新刊である「WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE. 現代の孤独と持続可能な経済圏としてのコミュニティ」を読んだ。

  

帯には、よくある誰かの推薦ではなく、こう書いてあります。

 

みんな居場所がない。

 

これを見て、どう思うのか。

僕は結構突き刺さりました。家族がいて、家があって、そういう居場所はあって、すごく幸せなんだけど、その外に出れば、僕の居場所はどこにあるかと思うことはある。さっき言っていた孤独感というのは、スマホが生まれていろんなことが便利になり、1日に享受する情報が爆発的に増え、今まで一握りの人しか知りえなかった情報が簡単に手に入るようになっている。そうすると、ここで生まれるのが情報の格差。以前はみんながテレビを見て、みんなでその話題をしていれば、なんとなく繋がれている感じがあった。でも今は、人それぞれが見ているものが違って、他人との共通の価値観を見出すのに、以前よりも苦労するようになっていて、ハマる時はハマるけど、ハマる確率はかなり下がってるんじゃないかと思ったりしてる。

 

スマホの登場で便利になったことは間違いないが、その一方で、大衆は分断され、その結果、モノの売り方が根本から変わり、より、同じ価値観でつながるコミュニティを作れるのかが、ビジネスにおいて成否を分ける要因になっている。

 

孤独というものは周りに人がいるかではなくて、心のつながりの問題。人は、地域、学校や会社など、意思と関係なくコミュニティに属していて、そのコミュニティに合わせることが一番大きな心理負担になっている。コミュニティが重要であることは、今に始まったわけではなく太古から自明だけど、現代社会においてその重要性が極めて高くなっている。孤独感は、肥満よりも深刻な脅威である可能性があり、社会的インパクトは無視できなくなってきていて、それは若年層でより深刻な状態となっている。社会的なつながりが現代人の最優先事項。人々が参加できるコミュニティをつくることが、メンタルヘルスを保つ一助となる。

 

現代社会におけるコミュニティを考えるとき、「安心」と「安全」がキーワードになる。SnapchatやInstagramのストーリーズなどは、ポリコレが求められ過ぎている今だからこそ、24時間で消えるという軽さが安心感を与えている。学校時代の友人とは、安心安全が確保された場所で、コミュニティ運営がされているから仲が深まる。高度成長期に生きた人々は、核家族の極小コミュニティと会社コミュニティに身を委ねたが、結婚しない、子供を産まない人が増え、終身雇用も崩壊し、以前とはルールが異なる社会においては、それらだけのコミュニテイに身を委ねることでは心は満たされることはない。コミュニティが、安心安全を確保した次に目指すべきは、信頼。信仰ではなく信頼。信仰は無条件で信じ続けることで、そんな独裁的なコミュニティは求められていない。信用とも違う。信用は過去の実績や成果物から評価することで、根拠になるのは過去の実績かもしれないけど、信頼は未来にベクトルが向いている。

 

価値基準そのものにアイデンティティが宿る現代社会において、コミュニティ・マネージャーは今後、何を持っているかではなく、何をやっている、なぜやっている理由が重要となる。安心安全を確保し、リアクション・役割を設計し、自分の物語を語れるようにする。コミュニティを運営することこそ編集。集めて、削って、並べ換えて、補足する。コミュニティの入口のハードルは高くして、出口のハードルは低くすることで、コミュニティの質を保つことができる。コミュニテイを活性化させるためには、人は第一歩が明確に見えないと立ち往生してしまうため、フラットな構造でありながら、ある程度指南し、余白を作っておきながら、共犯者にしてしまう。

 

 

自分の物語を語るうえで、アップデート主義という思考がある。一度で完璧な情報を伝えるのが納品主義で、不完全でもまずは伝達しそこから修正を加えるのがアップデート主義。まずは伝えるというスタートが大事。一回のコミュニケーションを完璧するよりも、不完全でも短いコミュニケーションを何度も繰り返す。情報量が多いことは、意思決定しなければならない量も多くなるため、より簡潔に思いを伝える。言葉が多くなれなればなるほど、理解に時間を要するとともに、その返事や返信も同様に言葉が多くなるもので、そうなれば意思疎通のスピードは遅くなり、結果、コミュニティが活発化することにも遅れが生じる。

 

今は誰が言っているのかがモノを言う時代。ネットの中で実績を積み重ねるほうが、キャリアとして安全。会社に属するかどうか関係なく、人間丸出しで世の中に出ていき、自分はこういう人間であるとネットの世界にさらけ出せるかが勝負。これからは、オリジナリティのある仕事、発想がものをいう仕事、コミュニケーションが重要な仕事、人の心を読む仕事の重要性がさらに高まる。コミュニティを作る興味は無いにしても、どんな人でも何かしらのコミュニティには属して生きていくことにはなるため、このような本で、コミュニティが持つ意味を理解するということは、ほとんどの人にとって有効だと思う。

 

こちらの動画でも佐渡島さんが考えるコミュニティについて、更に理解が深まりました。

globis.jp

 

 

横浜・日ノ出町『Tinys Yokohama Hinodecho(タイニーズ)』めっちゃいい

毎年、横浜赤レンガ倉庫で5月下旬に開催されるGreenroom Festival。今年は家族で行こうと思い、4月頃から宿を探していました。すると、こんないい感じのコチラの宿を発見しました。

 

Tinys Yokohama Hinodecho

tinys.life

 

できたばっかりで未知数なとこもあったり、赤レンガ倉庫から近いとは言えない環境でしたが、そんなネガティブ要素よりも期待感のほうが上回ったので、コチラでお世話になることにしました。

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が、Tinysに泊まると決めてから、日ノ出町は、かなりピンクい街だという噂をチラホラ、、

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ですが、実際にこの川を挟んで左側はピンク街でしたが、Tinysがある右側は全然大丈夫で、ノスタルジーな雰囲気と、アートな雰囲気が入り混じったステキな街でした。

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もうみなさんお気付きのように、Tinysは、けっこうヤバめです。期待してもらって桶です。

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こんな感じで車輪がついたタイニーハウスが3棟ありまして

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僕たち家族はこちらのタイニーハウスに泊まりました。

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それぞれ名前があって、こちらは「Silence」って言います。

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 Tinysは、日本初の高架下を利用したタイニーハウス複合施設なんです。

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 この鍵を開けて、柵のなかに入ります。

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 こんな感じで3棟並んでます。

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こうやって階段を登ってくと

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共用のデッキがあります。夜ご飯は近くのセブンでいろいろ買って、ここで家族でワイワイ食べました。

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靴を外に置いて、部屋に入ります。

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部屋の鍵も、このスタイルです。

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 部屋はこんな感じです。この2段ベッドが横並びって、ありそうでない感じ。ハンガーが掛かってる取手を引けば、間の仕切りが取れますので、ダブルベットの2段ベッドになって、まだ一人で眠れない子どもも安心です。

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 シングルで寝ても、圧迫感はないです。

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テーブルに置かれた洋書。すでに分かってると思います、運営者のセンスがコイサーなんです。

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コーヒーがインスタントじゃないところにもセンスを感じます。これもUXを意識した細かな配慮です。

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撮るのを忘れてしまいましたが、このタイニーハウスにはシャワールームとトイレもあります。行く前は共用かなーと思ってましたが、これも家族安心ポイントかと思います。

 

さて

 

ここからは併設されている、カフェラウンジの夜の顔をお届けします。

行くと分かるんですが、佇まいのオーラが、すごいんですよね。前を通るビジターらしき方々のほとんどが、ガン見しながら通ってかれます。

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この階段を登って、中へ入ります。

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そのまま真っ直ぐ進んで、オンキャッシュでこちらのカウンターでオーダーします。

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 表現が稚拙ですが、インスタ映え感はかなりあると思います。

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このスペースを使って、映画の上映とか、トークイベントとなどをやられて、地域活性化とかコミュニティとかそういう色の強さを感じます。

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このカウンターで開放感に浸りながら飲む酒は、その日の疲れを癒してくれました。僕は、横浜ビールのヴァイツェンをいただきました。

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この記事にたどり着いている方は、すでにTinysに興味を持っている方々だと思いますが、これで確信に変わったかと思います。

 

もうすでに伝わっていて、改めて言う必要もないかと思いますが

 

Tinys、かなり、いいです。

 

 

Tinys Yokohama Hinodecho

http://tinys.life/yokohama/

 

instagram :

https://www.instagram.com/tinys.yokohama/

Facebook :

https://www.facebook.com/tinys.yokohama

Twitter :

https://twitter.com/tinys_yokohama

 

五明拓弥×トップクリエイター「全米は、泣かない。」で刺さる言葉のつくり方を学ぶ

今回はこちらの本を読みました。 

全米は、泣かない。

全米は、泣かない。

 

 

手に取った理由はタイトルです。

 

よく「全米が泣いた。」というコピーを聞く。聞くけど、最初こそパンチはあっても、何回も使い古され、そのうち、それ嘘やんって思うようになった。とは言え、実際に「全米が泣いた。」って本当に聞いたかというと、それは定かではないけど。イメージ的に何度も聞いた感じがするだけかもしれない。でも「全米が泣いた。」って嘘やんて思ってるところに、僕の気持ちを代弁するかのようなタイトルですぐに自分事化することができた。

 

著者である五明拓弥(ごめいたくや)さんは、芸人として初めてTCC新人賞を獲得された時に知りました。芸人は日々器用だなーと思うことがあり、それが実際にカタチになっている例だと思う。広告制作と、コントや漫才を作るのは、構成が似ているそうです。

 

自分自身、クリエイティブという領域では、ディレクター的な立場になり、デザインこそできませんが、コピーライティング力については鍛えていきたいと思っていて、本書はコピーライターを志して間もない五明さんと、これまでコピーライティングを生業としてきている大御所との対談形式となっており、五明さんが僕の聞きたいようなことを聞いてくれているんじゃないかと期待を膨らませて読み進めました。

 

自分のなかで、いくつか心に留まったメモを、備忘録として以下に引用しながら、まとめさせていただきます。

 

コピーにはリズムがあって、句点をうまく使うことで、より良いリズム感が生まれ、長文になると読みにくくなるため、60文字は超えないようにする。

 

ボディコピーには、モノを伝える時の文章の基本みたいなものが詰まっているので、キャッチのクオリティを高めることに集中しがちだけど、ボディコピーにもコピーライティング力を高める要素は多くある。

 

クリエイティブで大切なのはアーカイブ。どれだけ世の中に興味を持ち、どれだけ自分の引き出しを持てるか。アーカイブがある人との仕事は早いから、求められる人材になる。天才じゃないからこそインプットが必要で、それを怠ければ成長はない。守破離という言葉があるが、型を破れるのは、型を何となくでも知っているから。

 

制作物は、思い浮かぶなんてことはなく、ひたすら考えて絞り出し、80%ぐらいのクオリティになるまでは自分の思考を信じ、その後は自分以外の人の意見を信じるというスタンスがを持つ。広告は、たくさんの人に理解してもらうのが正義であるため、その母数を最大にするためには、自分の思考に頼りすぎることは危険な行為となる。

 

広告は、刺して逃げるというものであり、分かり合えないことを前提にした、かなり次元の高いコミュニケーション。ほんの一瞬で、注意を惹く必要があり、この技術はそう簡単に習得できるものではない。

 

企画のプレゼンは、人間性のプレゼンと考えて臨むべき。どのような企画であるかの前に、私はこういう人間ですということが伝わることで、その企画力も増幅することができる。

 

脳みそは身体の一部なので、筋肉と同じで、鍛えれば鍛えるほどパワーアップする。思考力を鍛えたければ、常に考える。インプットもアウトプットも筋トレして、精度を高めていくことができる。

 

「なんかいい」「素敵」で思考停止せずに、なぜ、それをそう思ったのかを考え、それを言語化できるようにすることで、ストックの精度が高まり、アウトプットも自在になる。いちいち言語化して考える。つくり手の視線でモノを見るクセをつけておくのも重要。

 

人よりちょっと得意なことを見つけて、人の何倍も努力すれば成功するもの。得意なことを教えてくれるのは、自分じゃなくて、意外と他人だったりする。得意なことをやっていると、つらくないから、早く見つけた方がいい。

 

自分の考えたことが否定をされたとき、傷つかないという人はクリエイターに向いてない。その気持ちに屈する人も向いていないと思うけど、その気持ちはレバレッジが効く。

 

 

コピーライティングと言うと、多くの人が生きていくなかで必要ない感じていると思うけど、文章を書くという言葉にすれば、ビジネスを始め、いろいろなシーンで必要となってくる。文章を書くときには何か目的があるはず。その目的達成のために必要なコミュニケーションとして使っている。そうなった時に、的確に、端的に、思いを伝えることができたならば、来るべき未来は早められると思っています。

 

instagramやLINEスタンプなど、言語を使わずして行うコミュニケーションが浸透しつつあって、いずれ言語を全く使わず、テレパシーでコミュニケーションができる時代がいつかやって来ると思うけど、それは多分、僕らが死んだ後の世界だと思う。どちらにしても、言葉の必要性は薄くなるかもしれませんが、逆にそうであれば、言葉を使える人間が減ることで、言葉を使える人間のプレゼンスは高まるはず。コピーライティングを学ぶことは大事。

インプットした情報を「お金」に変える『黄金のアウトプット術』を学ぶ

最近の本の選び方は、好きな人の周辺の人を選ぶ傾向があります。ますますバイアスがかかることになってしまいますが、それでいいと思ってます。今回はコチラの本を選びました。

 著者の成毛眞さんは、日本マイクロソフトの社長を務められたような方。堀江貴文さんや、落合陽一さんのお話を聞いていると、成毛眞さんのお話が出たりしてて、このたび新刊が出たということで買いました。最近だと、NewsPicksでも特集があったりしてました。

 

本のキャッチには「大衆を脱出したけりゃ情報を吐き出せ」とあります。まさに今こうしてブログを書いていることも情報を吐き出している行為であり、それを肯定してくれているかのようなコピーです。本を読む効果として、新たな知識を習得するのと、自分の思考の答えあわせもあると思っています。元々自分のなかにあった思考で、それが著名人の発言と同じものがあれば、それはもっと自信を持つことに繋がり、強みを伸ばせられる。

 

この本では、インプットばっかしてないで、アウトプットしないとダメだよ、ということが書かれています。お勉強ばっかしてないで、それを使わないと意味ないよ、ということ。アウトプットすることを前提にすると、インプットの質が変わる。得た情報を自分の血肉とするのか、価値のあるものにするのか、お金にどう変えるのかを意識する。アウトプットを意識すること、そして、実際にアウトプットすることは、インプットだけしている大衆からの脱出を可能にする。ゆとり教育以降、アクティブラーニングが教育に組み込まれ、Youtuberのようなアウトプットが得意な子たちが生まれている。何かからインプットを受けて、なんらかの編集をしてアウトプットするという仕事はAIに奪われない。処理と編集は違う。処理は与えられたルールに従うことで、編集とは与えられたルールに従い、その上でその結果を受け取る側のことを考えて、アウトプット化すること。今後の社会を生きていくうえで、アウトプットを前提にしたインプットは非常に重要となる。

 

SNSは誰でも手軽に使えるツールであるが、そんなSNSを使ってないという人間は、この時代においては、もはや世界に存在してないに等しい。一般人であればあるほど、SNSで発信しなければ、存在は薄くなる。アウトプットしないと、アウトプットは上達しないし、才能の発見が遅れ、才能の発見をロスし続けることになる。アウトプットは知らず知らずのうちにはできるものではなく、やろうと意識しなければできない。好奇心は、知っていることと、知らないこととの情報ギャップから生じる欠乏感。意識的に好奇心を育む努力も重要。

 

主体的に何かの成果を残すことは、全てアウトプットと言っていい。アウトプットの基本は文章を書くこと。その文章は、決して難しく書く必要はない。アウトプットの目的は、読みにくく、分かりにくい文章を書くことではなくて、インプットを消化して、形を変えて放出すること。書いた人間を賢いと思って欲しいという気持ちは見透かされるから、無理する必要はない。しかし、アウトプットで内容をうまく伝えられないときは、自分自身が十分に理解できていない証拠であり、それを確認する意味でも、アウトプットするということは大きな意味がある。また、全員にファンになってもらうのは不可能で、相対的に話を聞いてくれる人にロックオンしてアウトプットすればいい。

 

同じインプットでも、アウトプットは異なる。それは、それまでに蓄積されたインプットと、新たなインプットが化学反応することで、感想というアウトプットが生まれるから。アウトプットは、どんなものでも個性的で、唯一無二の存在。成毛さんは10冊の本を同時に読み薦めることで、その化学反応を意図的に発生させていると言う。いつか役に立つと思ってやる苦手分野の勉強は、やらない方がいい。そんな時間もったいないし、そもそも、自分の好きなものでなければインプットの質も低く、そんな状態では良い結果は生まれない。していて楽しい、面白いからという動機がなければ、インプットもアウトプットも継続することはできない。

 

何もしないでいれば、いつかサラリーマン失格と言われる日が来る。それを、ただただ待つのか、それとも早々に自分から見切りをつけるのか、この差は大きい。そのような動きを取れる人間になるためにも、アウトプットを前提にしたインプットを続けることは非常に重要となる。これからも、本でインプットし、誰が聞いているか分からないけど、このブログで発信するという脳みその筋トレをしていこう。

 

CDは買わないけどフェスは行く。大事なのは『物語と体験 STORY AND EXPERIENCE』。

マーケティングのことに興味を持っている人なら、耳タコだと思いますが、モノやコトを提供する側が、近代で最も考えるべきことは、そのモノやコトを提供することによって、顧客が何を体験することができるのかであるUXであると言われています。

 

ゆー・えっくす?ってなってる人は、特に意味があと思いますし、そうなってない元々理解している人でも、より体系的に学ぶという意味で、有意義な書籍を紹介させていただきます。

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www.amazon.co.jp

 

これは東急エージェンシーのクリエイティブチーム”TOTB”の方々による、広告を作らず、社会現象をつくるための、悩める広告人の新しい指南書です。

www.totb.jp

 

広告はモノやコトを売るためには、大企業であろうが個人であろうが非常に大事なことだと思ってます。最近もVoicyでサウザーさんも言ってましたが、モノやコトが売れない場合、広告のやり方に問題があり、それを放置しているだけのケースがあると言っていたことに、超絶アグリーという感じです。

 

言わずもがなですが、商品に魅力があるのは当然のことです。でも、魅力があれば商品が売れるということではない時代だと思います。何を選んで良いか分からないほどモノに溢れている時代では、この魅力のあるモノの存在を届けるのが、以前に増して重要というか、それをしないと存在を知らしめることができなく、存在を知らないということは、もはやそれは世の中に存在していないということと同義でになってしまいます。

 

だから、広く告げるということなしでは、モノは売れない。そして、商品の魅力を伝える上で、何が重要になってくるかというのが「物語」と「体験」。

 

 

市場には代替可能な商品に溢れる。その状況下では、物語が無いブランドは、存在し得ないもので、存在に意味がなく無価値なものになってしまう。物語が無ければ、知ることも、理解することも、記憶することもできない。物語の担い手は、企業だけでなく、顧客もまた重要な物語の担い手であり、語り手となる。コーラとベプシは飲み物としての違いは小さいが、情緒的価値が違い、飲む人の気持ちが違う。ブランドが提供する価値であるブランドエクイエティは4Pの上に立つもの であって、ブランドは統合された人格を持つ存在となるべく、核となるアイデンティティを持ち、信じられる存在になる必要がある。

 

マーケティング1.0から3.0までは、約100年間という時間軸であったのに対して、3.0から4.0はわずかに7年。急速なアップデートを強いられたのは、テクノロジーの急激な進化。スマホによって、移動性と接続性がもたらされ、オンライン交流とオフライン交流の一体化、ブランドの本物の個性の重要性がポイントになった。ブランドの本物の個性がかつてないほどに重要になり、オーセンティシティが貴重な財産となる。数打てばいいわけではなく、感動する接触が必要で、その感動を与えるのが体験である。マーケティングの主導権は企業から顧客へ、顧客から社会へとシフトし、価値は機能的価値から情緒的価値、精神的価値へと、より観念的なものにシフトしている。これまで物語はテレビなどの注目されるメディアで、言いたいことをきっちりつくって何度も言うことによって形成されていった。物語は、体験によって具現化、実体化される。一方通行の美しい嘘ではなく、人間の本物の体験を核とした新しいコミュニケーションを通して、物語を形づくっていく。顧客に愛してもらうためには、顧客にとっての物語でもある必要があります。物語は、社会、顧客、ブランドの3つの視点から生み出される。

 

社会課題という敵の登場で、顧客とブランドは巨大な敵に立ち向かう協働関係になり得る。男性神話として、居心地のいいところからの脱却→仲間を見つけ、冒険をし、壁を越える→宝物を持って帰る、というのがが男性に特に好かれる物語と言われている。物語が真ん中にあることで、企画は強くなり、マーケティング的に機能し、関わる人やチームを巻き込んで推進していくことができる。ブランドからのわずか一瞬の予期せぬ感動ある物語に基づいて、顧客が主役として能動的に参加するための場をブランドがつくり、その場で生まれた体験をコンテンツ化して広めていく。従来の広告と同じだが、あくまで主役の座は顧客に譲り、アンコントローラブルな状況も受け入れ、その場において生まれる生身の人間のナマな反応や感情そのものをコンテンツとしていくことによって、物語は実践的なものとなり得る。企業側からの一方的な押し付けの物語ではなく、生活者を主人公としたファクトベースの物語とし、受け手を主体にして、広告を民主化する。

 

メディアはその内容よりも、メディアそのものにメッセージ性があり、今後、広告はさらにクリエティブで社会意義がある仕事になる。ビジュアルをデザインするのではなく、文化的アイコンをデザインする。以前は、虚構の世界観でも、たくさん回数を訴求すれば、なんとなくは伝わったが、広告で大事なのはテレビCMを作ることではなくて、課題を解決すること。今までオマケ扱いだったSPなどの非マスが急激なデジタル化で力を持ち始めた。ただ、そうは言ってもテレビという装置は、非マスとは比べものにならないくらい強制的なリーチがあることは忘れてはならない。

 

広告は商品の広告だけでなく、社会問題の解決というフィールドに概念主張することが重要で、今後、拡散狙いはオモシロ系じゃなく、自己実現の支援・社会問題の解決でするものになる。クライアントが求めていなくても、社会現象にすることを目指すのがネオ・プロモーション。体験は緩めに、してもしなくてもいいという空気感で顧客アプローチするのが最適で、送り手と受け手の対等な関係として、押し付けじゃなくて自発的に盛り上がる場の運営と管理を行い、受け手に物語を完成させる。また、ゲーミフィケーションとSocial goodの相性はいい。

 

これまではとにかく顧客の開発が問われることが多かったが、あらゆる産業で成長が飽和化した現代社会では、顧客の維持が重要となる。新規獲得には、維持する場合の5〜10倍のコストがかかり、毎年10から20%の顧客を失うとも言われている。ブランド形成に必要なのは、人間のような人格を与えるブランドパーソナリティと、その意思であるブランドビジョン。何もかも追いかけているようであれば、結局何もモノにはできない。

 

 

このような本を見ていると、モノが無かった時代とモノに溢れている時代とでは、商品開発と広告の重要度は全く異なることを感じる。モノが無い時代は、世の中の問題に対して開発されたそのモノ自体をただ知らしめるということだけで顧客は満足していたが、既にモノに溢れている時代においては、知らしめるだけでは、既に近い機能を持ったものがり、また、田端信太郎さんが言われていたが『オーケー、認めよう。広告はもはや「嫌われもの」なのだ』時代になっていることからも、ただ広告するだけでは全く響かなくなった。そこで差別化するに『物語と体験』を軸に顧客アプローチする。自分はすごく腹落ちしました。ブランドを選ぶとき、ブランド創設者のパーソナリティや、どこからの派生なのか、なにを問題としてローンチされたのかなど、個人的にはそのバックグラウンドを結構気にします。そして、そのブランドを選ぶことで、どんな体験が得られるのかを想像する。日常的に感じていたことを、根拠を持って改めてレクチャーされたことで、より理解が深まりました。広告クリエイターは、いろんな世の中にあるものを見つけて、それを自分のフィルターに通して、上手にクリエイティブをしていくエディターであるという言葉ありました。そうなれるように、日々情報をストックして、来るべきときに備えていきたい。

 

神様コトラーの最終講義『マーケティング4.0』でスマホ時代の究極法則を学ぶ

どの業界においてもレジェンドと呼ばれるような人がいて、マーケティングという文脈においては、間違いなくこのコトラー先生がそれに該当するかと思います(正確にはリビング・レジェンドですが)。マーケティングは、時代によってその手法が大きく異なるわけですが、今回は現代のスマートフォン時代におけるマーケティングの究極法則について書かれているこちらの本を読みました。そこまで小難しく書いてありませんし、モノ・コトを売るひとは、業界問わず読んでおいたほうがいいと思います。

 

コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則

コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則

 

 

いろんな人が言っていますが、みんなの手元にあるスマートフォンの出現によって、僕らの生活は激変し、それによってマーケティングも劇的に変化をする必要性が出た。それはそれで、マーケティングが急激に進化するというこの数年になったことを、コトラー先生は喜んでいます。

 

僕らの生活の変化でよく言われるのが、情報量の変化。どのような調べ方なのか分かりませんが、現代人が一日に得ることができる情報は、平安時代に生きた人の一生分、江戸時代に生きた人の一年分と言われているほどで、もう誰もが受け取った情報の全てを処理することができないレベルになっている。だから、スマニューやグノシー、まとめサイトやキュレーションサイトを自然と求めるようになった。

 

そして、SNSによって人が簡単に繋がるようになり、人々の連鎖や、趣向までもが可視化されるようになった。これまでは、誰と誰が繋がり、誰がどんなものを好むなんてことを知ることができないため、顧客をマスとしてみることしかできなかったが、今は違う。また、情報がスピーディに拡散されることで、情報の非対称性が薄まり、さらには発信力を手に入れることで、売る側と買う側の関係性は対等になりつつある。

 

半世紀以上続いてきたムーアの法則がそろそろ限界に近づいているとも言われますが、ここ数年の技術の革新は目覚ましいものがある。それらの融合によって、シェリング・エコノミー、ナウ・エコノミー、オムニチャネル・インテグレーション、コンテンツ・マーケティング、ソーシャルCRMなどの新しいトレンドが生まれています。また、デジタル領域の拡張によって、ハイテクな世界になればなるほど、人間的な触れ合いも求められるようになり、本書ではそれを「ハイタッチを求める」と表現されていた。この言い方は、なんかアメリカっぽくてカッコイイ表現だなって感じます。

 

生活に接続性と透明性をもたらしたインターネットが、パワーシフトに大きな役割を果たし、マクロレベルの世界の覇権は、多国分散型の権力構造に移行している。新しい製品が新興市場国で開発、発売され、その後他国で販売されるというリバース・イノベーションも目にするようになってきた。顧客や競合の関係性にも変化が現れ、顧客コミュニティやパートナーと繋がって共創したり、競争相手と繋がって協力するほうが、高い競争力を保持できるはずで、縦より横へのイノベーションが世界で活発になってきている。Procter&Gambleは、社内イノベーションの限界を感じ、外部からアイデアを募り、それを社内の能力を使って商品化するコネクト・アンド・ディベロップと呼ばれるモデルに切り替え、成功を収めている。

 

顧客の趣向も、大量に売れるメインストリームよりも、少量のニッチ・ブランドに移行しており、双方をラインナップすることで売り上げ・差益をあげることができるロングテール理論が注目されるようになってきた。また、これまでのように同業界だけに競合がいるというバイアスは捨てて、潜在的な競争相手に気づく必要があって、顧客の目的から出発して、その目的を達成する代替製品は何かと考える。

 

スマホ時代においては、企業の側で必死に頭を使って考え抜いたマーケティング・コミュニケーションよりも、Fファクターが信頼されるということを理解しなければならない。

 

Fファクターとは…
・Friend
・Families
・(Facebook) Fans
・(Twitter) Followers

 

顧客は、日々広告に爆撃され続けた結果、広告を信用しなくなり、Fファクターというこれまでクチコミと言われていたものしか信じないようになった。これからは、ブランドと顧客の関係は、縦ではなく横であり、顧客はブランドではなく仲間、友達と見なされるべき。スマホによって、探求心と知識レベルが向上しても、何を買いたいかは自分でコントロールできなく、これまでも購買における意思決定は、個人の選好だけでなく社会的同調欲求に動かされてきたが、顧客は集合知を利用して、より良い購買決定ができるようになってきた。中でも、デジタルネイティブはインターネットを自在に使いこなしながら、物事を実際に体験することも好み、極めて接続性が高い人種と言える。モバイル・コネクティビティの次のレベルは、経験の接続性であり、顧客とブランドのタッチポイントにおける優れた顧客経験を伝え、ソーシャル・コネクティビティに繋げると予想されており、カスタマージャーニー全体に渡って、オンラインのニュー・ウェーブ・マーケティングと、オフラインのレガシー・マーケティングの両者が共存し、融合する顧客体験を作り上げることが今後重要となる。

 

ブランドに対する態度は、ネットプロモータースコアとして、推奨するプロモーター、中立的なパッシブ、推奨するとは思えないデトラクターの三つに分けられ、言うまでもなくプロモーターとうまく付き合っていくことが、クチコミを味方につけることができる。なかでも、デジタル時代における最も影響力のあるセグメントであるYWNと略される若者(Youth)、女性(Women)、ネティズン(netizen)に注力するのが得策。ほとんどのサブカルチャーはYWNから生まれている。これからyouthは増え続けるが、90%が開発途上国に住むため、ここ日本においてはそのまま受け取ってしまうのは、違うのかもしれない。若者はナウ・ジェネレーションであり、トレンド・セッターであり、ゲーム・チェンジャー。女性はインフォメーション・コレクターであり、ホリスティック・ショッパー(全体を見て判断する買い物客)であり、ハウス・ホールド・マネージャー(家庭管理者)である。ネティズンは、常に繋がって貢献したいソーシャル・コネクターであり、熱烈な伝道師であり、コンテンツ投稿者のこと。

 

マーケティング4.0とは、企業と顧客のオンライン交流とオフライン交流を一体化させるマーケティング・アプローチ。デジタル社会では、顧客はコミュニティの横のネットワークの中で互いに社会的に繋がっている。顧客に何を提供するのか、どのようにして提供するかを計画するマーケティングミックスの4Pが最適に設計され、連携がとれていると、顧客はその価値提案に引き寄せられ、販売へと結びつきやすくなり、接続された世界では4Cが必要となる。

 

4Cとは…

Co-creation 共創

Currency 通貨

Communal activation 共同活性化

Conversation カンバセーション

 

顧客との交流のスタートは伝統的なマーケティングから始まり、交流が進み、顧客が企業とより密接な関係を求めるとデジタル・マーケティングが重要となる。スマホによって、移動性と接続性の高まり、話がうますぎる広告メッセージに混乱した顧客は、それらを無視して、信頼できる情報、すなわち友人や家族などの社会集団に頼るようになった。これからのカスタマージャーニーは5Aを通して、Oゾーンの影響に左右される。

 

5Aとは…

A1 Aware 認知→
A2 Appeal 訴求→
A3 Ask 調査→
A4 Action 行動→
A5 Advocate 推奨
 

Oゾーンとは…

Own 自分自身の影響
Others 他者の影響
Outer 外的影響

 

ブランドがどれだけ努力しても、他者の影響の結果を管理したりコントロールすることは難しく、もしできるとしたら、コミュニティ・マーケティングがこれからの唯一の方法。顧客は、マーケティングに影響されることを理解していて、自分の立場を強くするためにコミュニティを形成する。個人的選好、クチコミ、広告によってバイアスをかけられ、それらの影響によって、ブランドの中で一番初めに想起されるトップ・オブ・マインドに成長していく。接続性の最大の利点は、顧客間のカンバセーションによって、認知率を高めるチャンスがあり、レバレッジが効くということ。

 

期待しているときに、実際に経験することとの間に、最適レベルの乖離があるときに最も強い好奇心を抱くもので、このタイミングに魅力的な知識を適量与えることで、好奇心を生み出すコンテンツ・マーケティングというアプローチが、近年は特に使われることが多い。顧客のコミットメントを強化するためのものとして、オムニチャネル・マーケティングがある。そして何よりデジタル時代には、人間らしさのあるブランドが最も魅力的になる。顧客と対等な友人として、インタラクションできるブランドが求められる。経験を重視し、ある種のライフスタイル運動を象徴するブランドにも、顧客は惹きつけられる。英雄的なミッションひ関する素晴らしいストーリーを語ることで、顧客を傾倒させることができる。

 

モノが溢れに溢れているスマホ時代においては、かつてのように顧客を下に見て、みんなに同じタイミングに、同じ内容でアプローチしたところで、期待するような効果は生まれない。スマホによって手に入れた接続性で、顧客同士は繋がり合い、コミュニティを形成することさえも容易になってきている。デジタルデバイスで便利さを手に入れる一方で、逆に、リアルな世界でのハイタッチが貴重な体験となり、人間的性格を持つことが最も差別化され、競争優位に立つために必要なファクターとなった。 伝統的CRMが企業主導であるのに対し、ソーシャルCRMは顧客指導で、自動化は不可能で、社会力学が作用するため、問題を封じ込めたり隔離することはできない。ワオの瞬間は偶然に生まれることはなく、ワオを意図的につくり出し、顧客を認知から推奨へ建設的に導き、顧客とのインタラクションを、喜びから経験へ、さらにエンゲージメントへと、創造的に高めていく。言葉で言うのは簡単で、頭にあっても実践することが難しい。今回学んだことで既に体験としてあったこともあり、それを体系的に学んだことで、より理解を深めることができたと思う。これからも、やれることをやっていこう。

 

コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則

コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則